「 ”夢” 髙田賢三展」のお話。

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お盆は、離れた仏さんに向かってお祈りしました。

Moku2です。

お盆明けの月曜日、いかがお過ごしでしょうか。

 

先日、アクリエひめじという新しくできた文化施設で催(もよお)されていた、

「 ”夢” 髙田賢三展」を見てきました。

こちらの本にあった

賢三さんがお母さんに宛てた手紙が良くて、

混んでなかったら行ってみようと思ったのです。

 

受付で検温をしていただいて、

追跡バーコードをスマホで読み取り、

手指消毒して入場です。

 

氏の功績を広く知っていただくため、

撮影した写真をSNSに載せても良いとのことですので、

写真と共にご紹介させていただきます。

 

高田賢三さんはKENZO(ケンゾー)というアパレルブランドの創始者で、

耳にしたことある方も多いと思います。

 

姫路出身で、1989年に姫路城でファッションショーをしたり、

2000年には母校(高校)の手作りファッションショーに来てくださったり、

この度は新たにできた

コンベンションセンター(会議や展示会などの開催を目的に建設されたもの)、

「アクリエひめじ」の緞帳(どんちょう)もデザインされていたとのこと。

故郷を大事にする方でした。

 

市内トップの高校を卒業した後は、

神戸市外国語大学に進学されていたのですが、

通学の時に電車で

文化服装学院に男子学生の入学許可という広告を見たことをきっかけに、

大学を退学し、上京しました。

 

当時は「洋裁=花嫁修業」というイメージが強く、

ご両親にも反対されますが、

ペンキ屋さんに住み込みでアルバイトしたりして学費を貯めて、

何とか入学できたようです。

 

その後、アパレルの会社に就職して半年の休業中にフランスのパリに渡り、

それ以来パリを拠点にして活動しているようでした。

 

パリへは一か月以上の船旅でしたが、

たどりつくまでの各地でインスピレーションを受け、

アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパ各地の民族衣装を

服のデザインに取り入れる礎にもなったようでした。

 

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カラフルな色の組み合わせが巧(たく)みだったことから、「色の魔術師」と言われています。

 

観劇に行ったこともあるくらい宝塚歌劇が好きで、

1993年 宝塚大劇場のこけら落とし講演「PARFUM DE PARIS(パルファン ド パリ」

のデザインもされていました。

斜めから

 

宝塚の衣装なので脱ぎ着しやすいようにボタンの下はマジックテープです。

 

こちらの衣装は袖が見たことないような感じで、波打つ感じが綺麗です。

 

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私が気になったのはこちらの衣装です。

 

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レーステープやチロリアンテープを縫い合わせたと思われるスカート。

 

最近レーステープが気になっているのです。

 

これだけのテープの縫い合わせ、重厚感がありますが重さはどうでしょうね。

 

真っ赤な華やかドレス

 

高田賢三氏の訃報が報じられたのは去年10月のこと。

新型コロナウイルスにより、パリ近郊の病院で亡くなったそうです。

 

みんな同じ気持ちを抱いているのでは、と感じるような展示会でした。

 

読んでくださってありがとうございました。

 

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